穴山梅雪の墓

1/1
史跡・庭園
コースに追加
お気に入り
マップ・ナビへ送る
飯岡区の共同墓地にある五輪石塔の墓は、徳川家康の武将であった穴山梅雪のものである。梅雪は、以前は武田家の武将であり、母に武田信玄の姉の南松院、妻に武田信玄の三女・見性院妙顕をもつ。 家康とともに泉州堺にいた梅雪は、本能寺の変の知らせを受けると、一行のしんがりをつとめ、一日遅れで、家康と同じ道筋で帰城しようとした。しかし、草内で一揆に巻き込まれた、または明智光秀に家康を撃ち取るよう命じられた土民たちが誤って撃ったなど諸説ある。(梅雪の従者が普賢寺谷で道案内人を殺したことから、土民により殺されたとの説もある。)悲運の武将として、飯岡の村人がこの地に手厚く葬ったという。
〒-京都府京田辺市飯岡南原
無し